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2004年11月21日

[ Friends ] 忘れていくこと,去っていくこと

人は時間が経つと,苦い思いも悲しい思いも,なにもかも乗り越えていくことができるときがある.

それは,生きていく上ですごく必要なことだと思う.忘れられない何かにとらわれたとき,その人の時計のひとつが止まる.

わたしの周囲では先月から妊娠・出産に関する話題が満載である.

結婚にも,出産にも,まったく興味がないわたしから見れば,他人の慶事でしかない.今の自分の状況的に,正直言って,自分の生活で精一杯で,正直なところ「おめでとう」や「良かったね」に,今ひとつ心がこもらない.

その結論だが「時計がひとつ止まったから」ではないだろうか.

わたしは時計を止めすぎる.止めすぎて,たまに時計をめちゃくちゃに壊す.そして,まだ電池を入れれば動くかもしれなかった時計まで止めてしまう.先月あたりから,止まりそうになっている時計があった.自分なりに,必死に動かそうとしたのだが,動きは鈍くなる一方.もう止まる寸前か,止まるのを見守っている状態.こうしてまたひとつ時計を止めるのだろう.

「かねみきのうふふ」を始める前から続いている,会員制日記サイト「服用記」は,当初の自分の想像とまったく違う方向へ進もうとしている(それは自分の意図したことではないから,神の御旨だろう).最初は,同じ病気に悩む人と意見を共有しようとして,ウェブリングや相互リンク,ハーボットのリンクカードを使って,同じ病気の人とつながろうとしてきた.病気が少し良くなると「それは良くない」ことに気づいて,そういうところからできるだけ遠ざかろうとしていた.そして,今のように,数人にのみ公開している非常にクローズドな環境になっていった.さらには,サイトを移動したことや,移動と同時に設置した「robot.txt」のおかげで Google の検索にもひっかからない.

自分が,長い治療期間を要する病気になったことを,世間に大っぴらにすることもないのだ.それとは逆に,治ったことについて喜びを満ちあふれさせて何かを綴る必要もないのだ.「服用記」は,薬の服用が終わったら,自動的に終わるのだし,その終わりを誰かに告げることもない.

そうすれば,時計は人知れず動き続けるような気がするのだが,実際には難しいのかもしれない.わたしが,コミュニケーション能力が劣るのだとしたら,わたしの手持ちの時計がどれもみな脆いということなのだろう.

遠くで「パリーン」と硝子の割れる音がする...

投稿者 kanemiki : 2004年11月21日 13:10

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