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2006年05月19日
[ misc ] ダ・ヴィンチ・コード
映画の上映中止や一部カットなど修正依頼,配給元製品の不買運動など,さまざまな議論を巻き起こしています.
原作の小説を読んでいませんし,映画も見ていないので,仕入れた情報からの類推になってしまいますが,あまり大騒ぎしない方がいいと思っています.
そもそも,原作が「フィクション」です(それを,事実であるかのごとく受け取ってしまう読者や鑑賞者が多いのが問題なのかもしれませんが).映画も,娯楽指向のハリウッド映画です.
この原作には(新約聖書で,イエスに 7 つの悪霊を追い出してもらったり,十字架のイエスを見守り,イエスの復活を最初に知ったなど,重要な位置を占める)「マグダラのマリア」という婦人と結婚していたという内容があるらしいです.本人に聞いたわけではないので想像になってしまいますけど,マグダラのマリアは,イエス様のこと,好きだったと思いますよ...愛情もあったでしょうし,尊敬の念もあったでしょうし,いろいろな意味で「好き」だったと思います.イエス様も,神を信じる心を持つマグダラのマリアのことをとても大事に思っていらしたのは容易に想像できます.
でも...もし,このおふたりが結婚していたとしても,そうでなかったとしても,わたしの信仰には何も変わることがないです.結婚していたかしていないかくらい(失礼!)のことで,教えがひっくり返るとも思わないし,マリアのひたむきさを色眼鏡で見なければならなくなる要素も見あたらないですし.
「これは,聖書,イエス様,マグダラのマリアを冒涜している!」と考える人,どうとらえていいか悩んでしまう人,いろいろいると思います.だけど,信仰が揺らぐ人はいないでしょう(子供たちの鑑賞を制限したのは,映画がフィクションと解釈できない年齢だとみなされたからでしょう).日本にいれば,キリスト教に対するとんでもない誤解に日常的に遭遇しますから,こういうネタにもさして反応しない(鈍い?)だけかもしれません.カトリックの信徒が大半だったり,多宗教が入り組んでいて特定の宗教を傷つけることについて敏感な国では,そうもいかないのでしょうけど.
「アメリカらしい小説(映画)」である.私にとってはただそれだけの存在に過ぎません.
投稿者 kanemiki : 2006年05月19日 15:40
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