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2007年11月25日

[ Religion ] フィリピの信徒への手紙 2 章 7〜11 節

新約聖書に収録されている書物のひとつ「フィリピの信徒への手紙」の 2 章 6〜11 節は,カトリック教会の場合,復活祭直前の日曜日の「受難の主日(枝の主日)」のミサの第二朗読で読まれます.

また,この日の受難朗読の直前に歌う詠唱でも,フィリピの信徒への手紙 2 章 7〜9節の部分を歌います.

カトリック教会の朗読用聖書は,今は日本聖書協会の新共同訳を使いますが,歌うときには少しことばが変わります.フィリピの信徒への手紙 2 章 7〜9 節を比較してみましょう.

新共同訳歌詞
〔キリストは、〕7かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者になられました。人間の姿で現れ、8へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした。9このため、神はキリストを高く上げ、あらゆる名にまさる名をお与えになりました。 キリストは人間の姿で現れ、死に至るまで、しかも十字架の死に至るまで、自分を低くして従う者となった。それゆえ神はキリストを高く上げて、すべてにまさる名をお与えになった。

旋律も非常に美しい雅楽的響きを持つものなのですが,よりによって,こんな歌詞が思いついてしまったのでした.

はらもにょの歌
メタボははらもにょの姿で現れ、デブに至るまで、しかも中性脂肪に至るまで、腹まわりで肥やして、自分の重荷となった。それゆえはらもにょは血糖値を高く上げて、すべてにまさる病をお与えになった。
はらもにょの図

それにしても,あわれみの賛歌だとか,詠唱(しかも受難の主日と,主の受難で歌う詠唱)といった,深い歌に限ってアホ歌詞が思いついてしまうのは,いったい何故なんだろう...orz

投稿者 kanemiki : 2007年11月25日 21:32

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