2007年12月18日
[ Friends ] ハチのぬいぐるみ

1999年の年の瀬,大学時代の親友からもらったものです.親友のお気に入りだったらしく,会社のデスクに飾ってくれと言われたのですが,東京に引っ越してひとり暮らしを始めるまでの一年半ほどは,持ち歩いていました.今は「受難の主日」で振った枝と一緒に置いてあります.
もらってから,一度も洗ったことがなかったので,ホコリだらけになっていました.年末の片付けをしている途中で気になったので,洗ったのですが,タグがとれてしまいちょっと残念...
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2006年12月27日
[ Friends ] 『もにょく〜ん』
「もにょ」(monyo)は,だんなさんの小学校時代からのニックネームです.
「もとのぶ」がなまって「もにょ」になった,「もにょっとしてる」から,などの命名?理由があるらしいです.
25日の午前中,わたしたちの受洗教会でだんなさんと一緒に主の降誕(日中のミサ)にあずかってきたのですが,その後 S さんと T さん(息子さんも一緒)で近所のファミリーレストランで早めのお昼ごはんをいただきました.だんなさんは午前中だけ休暇を取ったので,午後は会社に行かなくてはなりません.で,彼だけ先に会社に向かったのですが,そのときにわたしが
「もにょさん,それじゃあ,いってらっしゃーい」
といつも通り?に声をかけたのです.それが T さんの息子さんにはとても印象的だったらしく,別れてから「何で "もにょ" っていうの?」と聞かれたので理由を教えたのですが,小学校の頃からそう呼ばれていることに(自分がいま小学五年生であることから)驚いていました.
さて,その食事のときに,わたしたちは T さんの息子さんとある約束をしました.その件でさきほど T さんのお宅に電話をかけたのですが,そのときにもやはり「もにょ」の呼び方の話が出ました.なんでも,あの日,おうちに帰った後も,親子とも気になっていて話の材料になっていた模様...だから「今度あったら "もにょ" って呼んでくださーい」とひとこと.「え,いいの?いいの?(*^。^*)」と笑ってらっしゃったのですが,もちろん歓迎!でしょう.
というわけで,わたしたちの大好きな T さんとその息子さんは,きっと今晩から「もにょ(敬称)」で呼ぶようになるのでしょう.良かった,良かった!
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2006年02月19日
[ Friends ] もっとも古い「おともだち」
何年ぶりにあったかなぁ...思わず泣きそうになりました.

会ったのは,この(かなりきたない)ぬいぐるみです.このまえの木曜日,用事があって実家に行ったのですが,そのときに「この前,片付けたら出てきたのよ」と母がひとこと.
この犬のぬいぐるみ(名前は「わんちゃん」)は,私が1歳のとき(と聞いている),母方の祖父からもらったものです.おじいちゃんは人形ケースに入れてかわいがっていたんだけど,私がほしがって泣きわめいて (^_^; そのせいで,うちの家族が家に帰れなくなり (^_^; おじいちゃんが「大事にすることを約束すれば」という条件でくれたのだそうです.
そんな約束はまったく覚えていませんが(爆),とても大事にしていたのは間違いありません.ずっと手放さなかった証拠が,写真にもくっきり(ヨダレのあとが茶色になっている部分)残っているし,幼稚園に一緒に連れて行くとわめいて (^_^; 幼稚園の通園用バッグにこっそりと忍ばせて行ったこともあります.(23歳まで住んでいた)竹の塚にいた頃は常に私のベッドに一緒にいましたし,実家が今の場所に引っ越して,私が家を出るまでの間も,同じようにベッドに一緒にいました.
でも,就職で名古屋に行くときにお別れ.わんちゃんは実家の暗い段ボールの中に...(;_;) 当時は名古屋に連れて行く方が,もっとかわいそうだと思ったんですよね(こんなに長く箱に入れておくことになるなんて思っていなかったから).
時は流れ...
再会の日.思ったよりも元気そうです.思わず「わんちゃ〜ん!」と言って抱きしめました.で,そのまま家に連れ帰ってきました.ハボちゃんだらけの家に,最も古い新しい仲間がやってきました.ちょっとミカエルがやきもち焼きそうですが,どちらも大事にしたいです.
そういえば,このまえおじいちゃんの夢を見たんです.あまり意識していなかったけど,実家に行った日のスカートのポケットから,ひょっこりおじいちゃんが現れるという変な夢でした.うーん,おじいちゃんが,わんちゃんのことで怒っていたのか?
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2005年11月23日
[ Friends ] 多治見ワインフェスタ 2005 に行ってきました
岐阜県多治見市にある 神言修道会 多治見修道院 で行われた「多治見ワインフェスタ 2005」に行ってきました.
多治見修道院には,敷地内にぶどう畑があります.戦時中は国内のカトリック教会にミサワインを供給していたそうです.で,いまでも国内では唯一ワインを醸造している修道院ですが,修道士の高齢化もあって一時期はぶどう園の閉鎖も考えられていたとか.その窮地を AJU 自立の家 が救い,さらに昨年からは敷地内でワインフェスタが始まりました.
openmya-ML でこのイベントを教わり参加を決定.新婚旅行の目的地のひとつとして行ってきました.
はじめはふたりで収穫の終わったぶどう畑に座って飲んでいたのですが,場所を変えたところ......隣に座っていた方々と話がはずみました.まず,わたしたちが東京から来たということに驚かれ,わたしが名古屋に住んでいたことがあるということでさらに話が進み,最後はだめだめに酔っぱらったところで,来年もあいましょーと約束しました.......というわけで,すご〜く楽しい時間を過ごしてきました.
ワイン飲み放題だったのですが,グラスに 7〜8杯飲んだ気がします(それ以上は覚えていない範囲で飲んでいるかも知れません).赤も白もおいしかったですが,特に絶妙な甘さの白がおすすめです...ピア名古屋(AJU 自立の家) で販売しているので,おいしい国産ワインを飲みたい方におすすめです.
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2005年06月03日
[ Friends ] うげげ〜17年ぶりだぁ
郵便局へ行かなきゃ...と思っていたのですが。
今日は買い物もあったので、いつもと違う郵便局へ行ったのです。その郵便局は、この前買い物に行ったときに「存在」に気づいて、今度からここにしよう、と決めていた郵便局でした。今日は、切手を買って、さらに、ゆうちょの改姓手続きをしようと思っていました。
切手を買うついでに、普通郵便を出したのですが、そのときに局員さんが突然、
「もしかして**(わたしの旧姓)さんですか?東伊興とか...知ってますよね。」
というのです...。封書はすべて結婚してからの姓になっていて、旧姓がわかるはずもないのに!...と、よく局員さんの顔を見ると、どこかで見覚えが...
「A、A君!?」
と言うと、名札を指すA君。そう、その局員さん、中学の同級生だったのです。中学の頃よりもスリムになって(本人も言ってましたが)かっこよくなってました。
その後、改姓の手続きで、隣の窓口に並んだのですが、やはり隣の局員さん、わたしたちのやりとりに興味があったようで「うちのAと、どういう関係ですか〜?」と聞いていました。で、きわめつけは、「改姓の手続き等で、何か問題がありましたら、Aの方までお願いします!」orz そーですか。自分ではなく A君に押しつけますか...。
というわけで、名刺までもらってしまい、これからは郵便局にいくのもちょっと楽しみになりそうです。
投稿者 kanemiki : 15:29 | コメント (0) | トラックバック
2005年06月02日
[ Friends ] 散歩していて思ったこと
少し前の新聞で,不妊治療の女性が婦人科へ行く途中の通路に,産科があって通路から生まれたての子どもが見られるようになっている病院があるという記事が載っていた.
残酷だ,と単純に思う.この病院を設計した人は「人間心理」まで考えて病院を設計したのだろうか?院長はなぜこの配置にGOサインを出したのか?と思う.
しかし,悲しいかな.不妊で悩んでいた某知人が,自分の妊娠がわかり40週を過ぎた頃からWebで自分の出産について大いに語りだした.出産のため入院した病院から,携帯でWebにつらつらとその様子をLIVEのごとく書き綴っていた.
彼女が,不妊で悩んでいた頃,育児系サイトや出産系サイトをさんざんこきおろし,産科に通う女性をねたみ,悔し泣きしているのを見てきただけに,突然の豹変(と,それに気づいていない彼女)に幻滅し,そのまま連絡を絶ってしまったが,もし,今の彼女があの記事を見たら,どう思うのだろうか.きっと,何も感じないのだろうな...
もしかしたら「残酷」と思ってしまう心の持ち主は,母親にはなれないのかもしれない.心の強いものが選ばれて母親になれるのかもしれない.でも,人の痛みを忘れた(または感じなくなった)人に,真のつよい人間は育てられるのだろうか...
と,散歩をしながらすれ違った,赤ちゃん連れの若い母親の姿を見て思うのだった.
投稿者 kanemiki : 17:36 | コメント (0) | トラックバック
2005年04月23日
[ Friends ] ネコ好き論
某友人と話すときの必須話題である.
「異様なまでのネコ好きには,性別問わずロクな奴はいない」
...というのが我々の辿り着いた結論である.
これには確固たる根拠や証拠はないのだが,自分の周囲を思いめぐらしてみると
- どうみても人格破綻者だったり
- 異様なまでのナルシストだったり
- 我こそ正しい!と激しい主張をしてみたり
- 他人の迷惑を考えられなかったり
...というのが複数当てはまる奴が多いのは事実だ.
性格のねじ曲がったかねみきとしましては,そのナルシストぶりを見て
ケケケと笑いとばすのが楽しみといえば楽しみですが...悪趣味?(^_^;A
投稿者 kanemiki : 23:59 | コメント (0)
2005年03月24日
[ Friends ] 行き違い・すれ違い・誤解・和解?
うーん,メールって難しいぞ...
頭の中に「かならず Friend Loves Foe(The Daily Deduction)」(高野 寛「th@nks」より)が流れている.まさにこの歌そのままの状態だなぁ....(;_;) しくしく.
「メールじゃわからない,電話で声を聞かないと」って言われるのがわかっちゃったような気がします.もしかして,わたしって日本語が下手なのかしら?
投稿者 kanemiki : 14:20 | コメント (0) | トラックバック
2005年03月16日
[ Friends ] 誰よりも幸せになってね
以前の勤務先のおともだちの嬉しい情報を目にした.
ブログのタイトルは「エンゲージ・リング」.
花嫁修行中とは書かれていたけれど,いよいよかぁ...としみじみ.
最近は会っていないけれど,きっと誰よりも幸せそうな表情で
二人で指輪を探したんだろうな...と想像.
こういういい話をともだちから聞くのはほんとに嬉しい.
きっと,きっと,幸せになってね.
投稿者 kanemiki : 09:39 | コメント (0) | トラックバック
2005年03月14日
[ Friends ] 友達にできること
その人に何ができるだろうか? または何をもたらせるだろうか?
つきあいの深さは,人によってまちまちで,つきあいが細く長く続く人もいれば,太く短い人もいる.それはそれで仕方ないことなのかもしれないと思う.
出会ったからには,いつか別れるときもあって,それがずっと先であってほしいと願う人もいるし,別にいつでもいいやと思える程度の人もいる.
たまに「通り過ぎていく人」がいる.何かひとつ大きなイベントがあって,それで終わってしまう人だ.私はそういう人を「通り過ぎていく人」と定義している.通り過ぎていく人だろうが,友達だろうが,共通して考えるのは,その人に対して,自分が何をもたらすことができるか? ということである.何か理由があるから,友達であったり通り過ぎる関係になるわけで,その間に自分は相手に対して何ができるんだろうと考える.
私が自分から離れる場合は決まって,あまりにひどい仕打ちを受けたり,相手の思想が変わってしまって,それにもはやついて行かれないとき,これ以上もう何ももたらすものはないと感じるとき.相手に何かできるだろうかと考えることすら嫌になったときである.
だから,自分から離れたときは,ほとんどの場合絶縁状態に陥る.それを非難する人もいるけれど,表面だけニコニコして心で何とも思わないつきあいなんてただの時間の無駄なので,非難されてもこの思考は当分変わらないだろう.
投稿者 kanemiki : 09:39 | コメント (0) | トラックバック
2005年03月05日
[ Friends ] ちょっとずつだけど
ハボちゃんは,ちょっと素直じゃない.
わたしの新しいともだちは,まるでハボちゃんのよう.
しかも,調子がよくなくて,なかなか Lv.0 まですら戻ってこられない.
わたしのところにやってきた(招聘した)5ハボ目のお世話はとても大変.
だけど,たまに見せる素直な一面が,ちょっとずつ増えれば,
もっともっと,みんなが心から愛してくれるハボちゃんになれるはず.
いまは「モニョっとしてる」ばかりいってるけど,そのうち
「しあわせ、かみしめ中」ってニコニコしながらいう日が来ますように.
♪キリストを信じるすべてのものよ,主の過越をたたえよう...(復活の続唱)
投稿者 kanemiki : 19:03 | コメント (0) | トラックバック
2005年03月01日
[ Friends ] ことばの意味
文章を綴っていると,表面的な意味とそこに隠された裏の意味と,二重の言葉を含ませてしまうことがある.
私は特にその傾向が強い.
言語能力がないというかなんというか,とにかく,普通に文章を綴れない.
主語が文頭にないのは日常的で,
ただの文章が強調文になってしまったりする.
表現能力がないのかもしれない.
読みづらい日本語を書いたり,話したりしてしまう.
そのせいで,メールでともだちを傷つけてしまった.
すごーく反省.ショック.
投稿者 kanemiki : 00:24 | コメント (0) | トラックバック
2005年02月19日
[ Friends ] 新しいともだち
ひとりの人と出会いました.
某業界ではとても名の知れた方なので,私は数年前からその人のことを知っていたのですが,偶然にも知り合う機会を得たのでした.
新しい人と会うと,自分の思考も刺激されます.特にわたしのような少し変な思考回路を持った人間は,それに順反応するタイプの人と会うと,ものすごく楽しいと感じます.とても頭のいい人で,話についていくのがやっとでしたが,ものすごく刺激を受けました.やはり,某業界のトップをいく人ってちがうなぁと思うのでした.
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2005年02月16日
[ Friends ] 友達というものは II
たぶん,私が嫌われる原因のひとつではないかと思われる私の特性.
くだらない!と思う永遠のテーマに「男女の間に友情は成立するか?」があると思う.私はこれに1つの答えをもっているのだが,その考えはあまり一般的に好ましいと思われるものではないらしい.
「一回以上,性交渉かそれに類する行為してから考える」
一部の平和主義者に殺されそうな意見だが,過去実践してきてるので...何とも言えないなぁ.私自身,性交渉は嫌い(何せ,痴漢数十回,輪姦,強制わいせつの被害を受けた過去をもっているので).だけど,男の本性がでるのは,間違いなくこのときだと思う.独占欲の強さ(友情に不要)も,自分勝手さも,みんなここに凝縮されているというのが持論だ.もちろん,騙されることもあるけど,かなりの確率でわかる.長続きする友達は,共通して心も身体も変わらない意思表示をする.
長続きしている異性の友人は,大学時代の寝食をともにした友人が多いかな.会社に入ってからは,ロクなのにあってないよーな気がする.この考え方のせいなのか,何なのか,理由はわからないけど.
そういえば,この考え方,前の夫は許し難かったらしい.私の異性の友人から結婚後に聞いてぶっとんでたけど,結婚する前に気づけよって言うか,わかるだろって感じがするんだけど,世間知らずのおぼっちゃまは騙されたらしい.(^^;
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[ Friends ] 友達というものは
だいたい,わたしと交流が続くなんていう人は,一般的に「いっぱんじん」じゃない.
それは,私自身が極端な性格だからで,高校時代にAVにスカウトされるような真面目な高校生やってたのだから,一筋縄ではいかない方でさえ,舌を巻くことがあり,その一番の被害者は,おそらく前の夫だろう.どーみても,私のことが手に負えなくなって逃げていった感じがする.人に言わせると(逃げていったのは)当たり前だということなので,まぁ前夫は一般人だったのだろう.
だけど,それでも,私と長く交流してくれる友達はいる.新しく作るのは難しいけど,私は友達は大事にしたいと思う.おかげで,高校時代からつきあってきた友人と,今年もバースデーカードをやりとりすることができた.新潟中越地震で苦しんだみたいだけど,だいぶよくなっているみたい.できる限りのことはするよ.
友達なんてたくさんいらない.少なくてもいいから,一生ものの友達がいい.
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2005年02月14日
[ Friends ] 思うこと,感じること II
自分がある状況に追い込まれているからこそ,できることがある.
お医者様だって,占い師だって,祈祷師だって,不可侵のエリアがあると思う.上から見ている神様だけが,笑ってその様子をごらんになっているのかもしれない.
昨日ミサに行「け」なかったことを案じてくれる仲間.心配して電話をくれた.本当は(年齢的に言えば,私の2倍なのだから)逆じゃなきゃいけないのに...私は決して一人じゃないって自信をもって言える.
苦しんでいる仲間がいる.苦しんでいるのを放っておくことなんてできると思う? できるだけのことをしてあげたいと思うのが普通だと思う.
今の私は経済的にきつい状況に追い込まれていると言っていいだろう.だけど,だからって心までお寒い状態にはしたくない.
人の痛みが自分の痛みに感じられたら,それはきっと,自分の痛み.心の痛みや傷には,原因はいろいろあるかもしれないけど,心をしっかり持っていたって,傷がつくことはいくらでもある.人から受けた傷は,人によって治すことができるときもあると思う.たったひとこと「大丈夫」って誰かがいってくれたら,大丈夫だったんじゃないかと思うことがある.
誰かが,もし,わたしに助けを求めていたら,わたしは全身全霊を傾けて助けてあげたいと思う.それは,キリスト者として,人として,ごく普通のことだと思うのだけど,最近はどうもそうじゃないらしい.わたしには,そのことが(人を思う気持ちが欠けていることが)すごく悲しく感じられる.
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2005年02月10日
[ Friends ] 思うこと,感じること
自分が "A" と思ったときに,他の人もまったく同じ論理で "A" と思っていることがあって驚いている.
ともだち...なのか何なのか.よくわからない関係.いちばん的確な表現は「無理矢理おしかけ知人」かもしれない.だけど,自分でわかるんだ.見えるものは見えるし,わかることはわかる.何か神様の企てであるかのように,不思議な縁でつながっている.
あぁ,大事にしなくちゃいけない人だと思う.いつか通り過ぎていったとしても,今は通り過ぎてはならない.不思議なことってたくさんある.それを受け入れて受け止めるのが,たぶん今の私にできることなんだろう.
縁のとぎれた友達を思い出した.その繰り返しなのかもしれない.
投稿者 kanemiki : 09:14 | コメント (0) | トラックバック
2005年01月28日
[ Friends ] God, is it "ORACLE"?
転職活動はとても疲れる.
今回は,エージェントを使わず,インターネットの転職サイトを利用している.@Typeという,どちらかというと技術者向けの求人が多いサイトである.最初はハローワークも使っていたが,質の悪い求人が多く,次第に利用しなくなっていった.
転職活動を始めるにあたって,私は教会に行き,祈りを捧げた.イエス様の受難と同じ言葉を使って,そのまま「神の御旨のままに次の仕事を探し,その仕事に就きます」と祈った.そして,2ヶ月が過ぎた.まだ転職先は決まっていないが,待遇などの話し合いをする最終面接まで進んだ会社がある.
その会社は,私の転職活動において最大の「賭け」であり「未踏の地への旅立ち」を余儀なくされる会社.ORACLE® というまったく関わりのなかった分野への移行.Windows の世界から UNIX/Java の世界への船出.それが神の選んだこと...oracle...であるなら,受け入れ進もうと思う.辛かったここ数年の社会人としての立場を打開するのはいったい何なのか.推移を見守りつつ神に祈りを捧げ,御旨のままに生きようと思う.
投稿者 kanemiki : 18:53 | コメント (0)
2004年12月28日
[ Friends ] 勤務先で知り合う友達
基本的に(新卒同期はまだしも)勤務先で知り合う友達はよほどのことがない限り、真の友達は作りにくいのではないかと思うのである。
基本的に『勤務先』と呼ばれる場所には、何らかの競争原理が働き、身分の階層化が行われている。それを超えて、腹をわって話せる相手など、よほどのことがないと見つけにくいと思う。利害関係が全くなかったり、何か仕事以外のことで運命共同体的体験をすれば、見つかるかもしれないが...。
学生時代の友達が大事だというのは、それが理由になっているのかもしれない。工学系で同性の少ない環境で育ってしまった結果、気づけば友達は少ない。
勤務先で知り合う人は、基本的にビジネスライクに接するしかない。
友達としてやっていけるかどうかは、その勤務先を脱出した後の話かもしれない、と思うのである。
投稿者 kanemiki : 19:53 | コメント (0)
2004年12月04日
[ Friends ] 人生の1/2
昨日は私の誕生日で,いろいろな人からお祝いのメッセージをいただきました.
本人が教会のミサと黙想会に参加していて帰宅が遅れたため,お礼が遅くなってしまった人もいて,とても申し訳なく思っています.そんななか,高校時代の同級生からのメッセージが届き「もう,人生の1/2の誕生日をお祝いしあっているんだね」というくだりがありました.いわれてみれば,15歳でであって,16歳の誕生日を祝いあったのが最初で,今年32歳.気づかなかった...だけど,彼女はちゃんと覚えていてくれていて,遠く離れていても,こうしてちゃんと折に触れて連絡が取れる.とても素敵な友達.今年は彼女のすむ地域(新潟・長岡)でとんでもないことが起きてしまい,心配した時期もあったけど,そういうのを乗り越えて,祝ってくれる気持ちになってもらえたことに,ものすごい喜びと感謝を覚えるのです.
友達の絆は,そんな簡単には壊れない.簡単に壊れるような関係はそれまでの関係なんだ,と改めて思うできごとでした.
投稿者 kanemiki : 09:13 | コメント (0)
2004年11月29日
[ Friends ] サヨナラダケガジンセイダ
高校に入学する直前,英語の S 先生が春休みに出した課題がこれだった.
この元になった「漢詩」を探してみよう,と英語とまったく関係のない課題を出したのだ.おそらく,英語の教師としてではなく,人生の先輩として,この詩の存在を教えたかったのではないかと思う.
勧君金屈巵
満酌不須辞
花発多風雨
人生足別離
于武陵「勧酒」
この時代に比べたら,今の大人の軽さはなんなのだろう.精神年齢は,実年齢の 5/8 だという説もあるが,実際は 1/2 くらいではないかと思うことすらある.
大人になりきれない成人がたくさんいる.「考える」「顧みる」ことを忘れた成人がたくさんいる.そういった人達と接することは非常に疲れるので,シグナルを出して,反応がなかったら,ばっさり切り捨ててしまうときがある.そうすると,当然ながら,だんだんと友達は減っていく.だけど,それは悲しいことだろうか?と,自問自答してみる.
人間は考える葦である.理由を考えたり顧みなくなったら,見かけはともかくとして,人間としてはおしまいなのではないかと思う.
投稿者 kanemiki : 18:48 | コメント (0)
2004年11月25日
[ Friends ] 「9の時代」 by 高野 寛
「一年前を思い出してみるといい そこは歴史の中にある」で始まる私の好きな曲のひとつだ.
この言葉もある意味において名言で,一年前のことなんかすっかり忘れて,当時の自分の言動を顧みたら,今の自分のしていることが思いっきり矛盾していることもあるかもしれない.実際にそういう人が身近にいる.
自分がされて「嫌だ」と思ったことを,他人にするのは「嫌がらせ」だ.それが無意識のうちに,自分の言動を忘れて行われていたとしたら,嫌がらせではなくて「確信犯」だ.
そんなことをする奴は,ばっさり切り捨ててしまえ.と自分に言ってみる.
投稿者 kanemiki : 00:49 | コメント (0)
2004年11月21日
[ Friends ] 忘れていくこと,去っていくこと
人は時間が経つと,苦い思いも悲しい思いも,なにもかも乗り越えていくことができるときがある.
それは,生きていく上ですごく必要なことだと思う.忘れられない何かにとらわれたとき,その人の時計のひとつが止まる.
わたしの周囲では先月から妊娠・出産に関する話題が満載である.
結婚にも,出産にも,まったく興味がないわたしから見れば,他人の慶事でしかない.今の自分の状況的に,正直言って,自分の生活で精一杯で,正直なところ「おめでとう」や「良かったね」に,今ひとつ心がこもらない.
その結論だが「時計がひとつ止まったから」ではないだろうか.
わたしは時計を止めすぎる.止めすぎて,たまに時計をめちゃくちゃに壊す.そして,まだ電池を入れれば動くかもしれなかった時計まで止めてしまう.先月あたりから,止まりそうになっている時計があった.自分なりに,必死に動かそうとしたのだが,動きは鈍くなる一方.もう止まる寸前か,止まるのを見守っている状態.こうしてまたひとつ時計を止めるのだろう.
「かねみきのうふふ」を始める前から続いている,会員制日記サイト「服用記」は,当初の自分の想像とまったく違う方向へ進もうとしている(それは自分の意図したことではないから,神の御旨だろう).最初は,同じ病気に悩む人と意見を共有しようとして,ウェブリングや相互リンク,ハーボットのリンクカードを使って,同じ病気の人とつながろうとしてきた.病気が少し良くなると「それは良くない」ことに気づいて,そういうところからできるだけ遠ざかろうとしていた.そして,今のように,数人にのみ公開している非常にクローズドな環境になっていった.さらには,サイトを移動したことや,移動と同時に設置した「robot.txt」のおかげで Google の検索にもひっかからない.
自分が,長い治療期間を要する病気になったことを,世間に大っぴらにすることもないのだ.それとは逆に,治ったことについて喜びを満ちあふれさせて何かを綴る必要もないのだ.「服用記」は,薬の服用が終わったら,自動的に終わるのだし,その終わりを誰かに告げることもない.
そうすれば,時計は人知れず動き続けるような気がするのだが,実際には難しいのかもしれない.わたしが,コミュニケーション能力が劣るのだとしたら,わたしの手持ちの時計がどれもみな脆いということなのだろう.
遠くで「パリーン」と硝子の割れる音がする...
投稿者 kanemiki : 13:10 | コメント (0)
2004年11月04日
[ Friends ] 友達一家は,すべて無事でした.
新潟に住んでいる,私の高校時代の友人とその家族...安否がわからなかった.
優先度を考え,わざとメールで送ってみた.メールを見られるというのは,生活も精神的にも余裕が出てきたということだから.
昨晩連絡をもらい,全員無事とのことで一安心.ただ県職員で長岡勤務の旦那様は激務のようですが...県民の安全のために頑張ってください,という&義援金しか策がない自分がちょっと悲しい.