2008年06月28日

[ Religion ] ベネディクト16世カレンダー

我が家にかかっているのは,本物の「ベネディクト16世カレンダー」なのですが,ここ で紹介されている者はひと味違います(笑)

リンク先 は是非ご覧下さい.カトリックの信者が言うのもなんですが,面白いです.日本人から見れば,現教皇の顔というのは典型的な悪人顔に見えやすいのは納得しているので,別に怒りはしません.

今年後半のカレンダー(笑)は,まだまだ利用できますので,(くどいようですが)是非 リンク先 をご覧下さい.きっと,ベネディクト16世がスキになれる...!?


日本で売っている今年用の教皇カレンダー(下記の画像)のなかには,柔和な表情やちょっとおどけた様子のものが多数収録されているのですが,祭儀中の様子を撮影した写真は,やはりそれなりの表情ではあります.

本物

...これが我が家で利用されているのは,カトリックの暦がしっかり全部入っていて,我が家にとっては都合がいいからです.ちなみに,いろいろ貼り付けるボードに留めてあるため,実は教皇の写真部分はいつも隠れていたりする...orz

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2008年02月06日

[ Religion ] 食事の支度をしない日

我が家には「食事の支度をまったくしない日」が,年に 2 回あります.

「灰の水曜日(Ash Wednesday)」と呼ばれる日と,「聖金曜日(Good Friday)」と呼ばれる,カトリックではかなり特別な日のひとつです.

この日は,病気でない大人は「大斎」(1食の十分な食事と,1食のわずかな食事)と,「小斎」(肉類を食べない)を守ることになります.以前はもっと厳しく,基本的に「断食」でした.というわけで,厳しい方に揃えましょうということになり,我が家では何の料理も出てきません.

料理をしないぶん,いつもより家事がだいぶ楽だ!という噂もあります(笑) 人が食べなくても生きられるなら,毎日大斎でもかまわない〜とか思ってしまうあたりがだめな感じ...でも,よくよく考えたら,朝・昼食がパンだけで,夕食しか食べないって,今の感覚では「大斎」に近いのですね.そういう意味では,我が家はいつも大斎日かも知れません.いいか,悪いかは別にして.

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2007年12月28日

[ Health, Religion ] ウォーキングを祈りに

友人の夫が帰天(逝去)したとの報を受け,ものすごく気持ちが落ち込んでいた先週のある日,麹町教会の夕ミサへと出かけたのでした.

ミサの時刻まで少し時間があったので,ドン・ボスコへ寄ったところ,平積みされた本のひとつに,よく知った司祭の名前を発見...「油谷弘幸」...そう,わたしたちの結婚式を司式して下さり,だんなさんの洗礼式をしてくださった,あの油谷(ゆたに)師です.

本を出されたのでした.

かつての所属教会でお世話になっていた頃,よくそんな話をしていましたが,ついに本になったのか!という気持ちです.さっそく買いました.

前半は,祈りに関する文章が続くので,未信徒には読みづらいかも知れません...が,そこを過ぎると,ストレッチの方法,呼吸法,歩き方が図入りで説明されるなど,宗教書とは思えない内容が続きます.

この本の内容は,油谷師にお世話になった二年間を思い出させる本でした.「神体験」のあたりは,信者さんでさえ話しても「うーん」と思われることが多いのですが,この部分って,わたしが思うことがそのまま書かれていたりするのです.また「整形外科で牽引してもらっているとき,歯科医の寝心地のよい診察台の上は,すごく祈りやすい」にもつながるのです.この話も,油谷師に言ったら「そりゃ,そうだよ」って仰っていたのですが.

...まだ,全部読み終わっていません.お正月にゆっくり読んでみたいと思います.

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2007年12月07日

[ Religion ] 「Happy Holidays」の飾り

1〜2 年前にテレビのニュースか何かで見た記憶があります.

アメリカだったと思うのですが,"Merry Christmas" ということばは宗教的な意味合いを含むので,公共の場所にはふさわしくないという理由から,Merry Christmas にかわって,Happy Holidays ということばが使われ始めたという話題を.

アメリカの場合,いろいろな宗教を信仰している人がいるでしょうから,こういう配慮も TPO によっては必要なのかも知れません.一方,日本ではクリスマス商戦は盛んになっていますが,もともとの「クリスマス」の意味を知らないという人も増えているそうです(これも,ニュースでやっていました).

宗教的な意味合いも考えず「Merry Christmas」の飾りをする日本の商店街を見ると「複雑だ」と思う敬虔な信者さんがいる一方,たまたま通りかかったキリスト教とおぼしき教会には,なぜか「Happy Holidays」の飾りが......キリスト教の教会が Merry Christmas を掲げないでどうするんだよ,と思いつつ,その前を通り過ぎたのでありました.

ちなみに,わがやの玄関先には,ダイソーで買ってきた 100円リースと Halamit Shop のオーナメント がかかっています.

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2007年11月25日

[ Religion ] フィリピの信徒への手紙 2 章 7〜11 節

新約聖書に収録されている書物のひとつ「フィリピの信徒への手紙」の 2 章 6〜11 節は,カトリック教会の場合,復活祭直前の日曜日の「受難の主日(枝の主日)」のミサの第二朗読で読まれます.

また,この日の受難朗読の直前に歌う詠唱でも,フィリピの信徒への手紙 2 章 7〜9節の部分を歌います.

カトリック教会の朗読用聖書は,今は日本聖書協会の新共同訳を使いますが,歌うときには少しことばが変わります.フィリピの信徒への手紙 2 章 7〜9 節を比較してみましょう.

新共同訳歌詞
〔キリストは、〕7かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者になられました。人間の姿で現れ、8へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした。9このため、神はキリストを高く上げ、あらゆる名にまさる名をお与えになりました。 キリストは人間の姿で現れ、死に至るまで、しかも十字架の死に至るまで、自分を低くして従う者となった。それゆえ神はキリストを高く上げて、すべてにまさる名をお与えになった。

旋律も非常に美しい雅楽的響きを持つものなのですが,よりによって,こんな歌詞が思いついてしまったのでした.

はらもにょの歌
メタボははらもにょの姿で現れ、デブに至るまで、しかも中性脂肪に至るまで、腹まわりで肥やして、自分の重荷となった。それゆえはらもにょは血糖値を高く上げて、すべてにまさる病をお与えになった。
はらもにょの図

それにしても,あわれみの賛歌だとか,詠唱(しかも受難の主日と,主の受難で歌う詠唱)といった,深い歌に限ってアホ歌詞が思いついてしまうのは,いったい何故なんだろう...orz

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2007年10月26日

[ Religion, misc ] 来年の手帳を買う季節

10月になって,カレンダーや手帳のフェアをしている店を見かけるようになりました.

今年と昨年は カトリック手帳 大判タイプ を使っていたのですが,以前のようなペースで教会での奉仕をすることもなくなったので,今年は買うのをやめました.ちなみに,来年用にすでに購入したカレンダーは,教皇ベネディクト16世 カレンダー 2008 なので,すぐに確認できるのですけどね...

というのも,カトリック手帳を使う前はシステム手帳を使っていたのです.だけど,日本はキリスト教の根付いた土地とは言い難いですから,ふつうにカレンダーや手帳を買っても,重要な典礼暦は抜けています.大半の人には必要のないこととはいえ,これは結構不便なのです.

で,来年用はどうしたかと言いますと,イギリス製のマルチリンガル用にしてみました.月曜日はじまりなのが唯一の気にくわない点ですが,日曜日はじまりがなかったので仕方ないです.この手帳のすぐれた所は,キリスト教,イスラム教,ユダヤ教など,ヨーロッパでも信徒数の多い宗教の祝日一覧がついていることと,主要なキリスト教の暦は最初からカレンダー内に印字があることです.ざっと見たところ,日本のカトリック手帳にも載っているものでは

あたりでしょうか.気をつけなければならないのは,上記のうち「主の昇天」(復活第7主日へ移動)「キリストの聖体」(聖霊降臨の主日の次の次の主日)は,日本では移動して祝うことでしょう.でも,これだけ書いてあるとかなり助かります.

面白いのは,ユダヤ教の暦も書いてあるので,キリスト教徒にもなじみのある「過越」がいつなのかわかるということです.一方仏教の暦は抜けているので「花まつり」などは書いていません.日本に関する情報もありました.何の祝日かは書いていませんが,日本の法律上の祝日(みどりの日など)は,[J] のマークがついています.外国のカレンダーは使いにくい面もありますが,その土地に根付いた宗教や慣習を知るヒントがつまっていて非常に面白いです.

まぁ,個人的には「ドンボスコさん,システム手帳版も作ってください!」とお願いするのがいちばん良いのかなと思いますが.システム手帳を使う信者さんは,毎年どうしているんだろう!?

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2007年09月11日

[ Religion ] 武道の必修化

議員さんのブログでも言及されていたようですが...

武道が必修化された場合,格闘技などを禁じる宗教を信仰する人の「信教の自由」との兼ね合いをどうするの?という疑問についてです.

思い出したのは,公立幼稚園で行われたプール開きに神主を呼んでお祓いをしてもらった話.幼稚園の先生が「水の神様うんぬん」言ったため,幼児洗礼のカトリック信徒である園児が,教会での教えと,先生の話の矛盾に混乱して,泣き出したというネタ.それから,少し前に裁判になったネタ,このふたつ.

プール開きネタの方は,公立幼稚園からカトリック系幼稚園に転校して決着しましたが...日本人の多くを占める「宗教に無頓着・無理解な人」からすれば,敬虔な一神教の信徒の,ときに恐ろしいまでの頑なな態度は,受け容れがたいのだろうなあと想像しています.

わたしが通っていた公立小学校も,プール開きには神主が来ていたので,これを快く思わない児童はいたのでしょうね(当時のわたしは気付きませんでしたが).中学校に入ってから,エホバの証人の熱心な信徒(友人)がいましたが,「歴史の勉強だ」と割り切って行った修学旅行先の寺院で,無理矢理お経を唱えさせられたり(これが苦痛なのは想像に難くない)いろいろと苦労していました.諸外国の事情は知りませんが,日本の場合,公立学校といっても,実際は宗教と無縁になれないところは多々あるのですよね.わたしも,洗礼を受けてから,勤務先の会社が,商売繁盛を願って飾られた神棚に向かって挨拶することを強要されたこともありました.まぁ,私企業の場合,ある程度致し方ないことはありますけど...

さて,こうしたケースを未然に防ぐ方法がないわけではありません.いわゆる「宗教校」は,そもそもこういう子女の教育と,宣教が目的だった気がします.しかし,都内のカトリック系学校は,学費が高く,通わせたくても無理だという笑えないケースも多々見られます.日本は,キリスト教人口が少ない「宣教国」ですから,マイノリティとして,さまざまな苦労を背負うことになります.それを適当にやり過ごせるか,ガチンコ勝負してしまうか.

本当は,公立学校がもっとしっかり「宗教」から分離されるべきなのでしょうけど,宗教に無理解なお国柄なので,こうした意見は「過激だ」「そのくらい我慢しろ」と思われてしまうのかも知れません.ただ,こどもによっては,こうした状況に置かれることが,「いじめ」と同等か,それ以上の耐え難い苦痛になる可能性があることくらいは,わかってほしいような気がします.

神さまは,こういう場合,どうするのがいいと思っていらっしゃるのでしょうねぇ.旧約聖書に登場する神さまだと,恐ろしいことになりそうなんですが...(^^;

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2007年04月17日

[ Religion ] だめだめ日記「おほしさまといっぱん」は何のネタ?

だめだめ日記:おほしさまといっぱん で,だんなさんは「〜詳しいですね」と言いますが,さてわたしは何に詳しいのでしょう?

こちらのブログに書いたとおり 聖歌の話題です.だけど,だめだめ日記の熱心な読者は「PC/教えて君」ネタとして扱いました.

まぁ,だめだめ日記の多くの読者は(たかはしもとのぶ本人と出会う前のわたしがそうであったように)「Windows ネットワーク」や「Samba」の人という認識でしょうから,こうなるのは当然ですが...実は,我が家では,あまり IT 系の話題はでないんですよね.だんなさんが多忙で,帰ってきたらごはん食べて寝ちゃうので,週日はほとんど話す時間がない,といった方が正確かも知れませんが.

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2007年03月13日

[ Religion, Working Life ] ライフ・ワーク

クリスチャンの家に生まれたわけではありませんが,幼少の頃は時期になると某プロテスタント教会のクリスマス礼拝に行ってました.

3 歳から近所の音楽教室に通ったため,幼稚園児ではあったけど楽譜は読めるので,礼拝で配られる讃美歌はほとんど(意味もわからず)歌っていたと思います.そういうのが影響したんでしょうか,大人になったら,教会でオルガンを弾けるようになるんだと夢見ていました.

小学校と中学校で YWCA に行き,大学もプロテスタント系の学校に行った割には思ったほどの影響を受けずに社会人に.キリスト教との唯一の接点は,東京に戻ってきた年(2000年)に,大学時代に牧師先生が勧めていたカール・ヒルティの「眠られぬ夜のために」を読んだこと.そのとき,自分の中に再びキリスト教が戻ってきたのだと思います.でも,その本を読むために(なぜかプロテスタント教会関係では使わないはずの)旧約聖書続編付きの聖書を買ったりもしてみた...けど,実際にはホコリをかぶってしまったし,そんな近くにあったわけでもなかったと思います.

転機は 2002 年.長期療養を強いられるような状態になったことでしょう.病院までの道に,カトリック教会があったので,ちょっと寄ってみようと思ったら,いきなり神父様が出てきたので,思わず「あしたから勉強に来させてください」と血迷った?ことを言ってしまったのがきっかけなのですが...ここで「典礼聖歌」というナゾの歌の存在を知り(それまでは,キリスト教の教会ではみんな讃美歌を歌っているのだと思っていた)「TS」という人が書いた聖歌にはまってしまうわけです.で,教会で行われていた試しに聖歌練習に参加してみると,指導者が TS の愛弟子のひとりだったというオマケつき.しまいには,オルガンも弾くようになり,小さい頃に思っていたことは,30 年ほど後になって,カトリック教会で実現したのでした.

前置きが長くなってしまいました.

今日,その聖歌練習指導者の方が主催する聖歌練習会に行ってきたのですが,その帰りに言われました.「わたしは,あなたに,歌うこと・弾くことだけでなく,指揮もできるようになってほしい」「わたしが教えられることは,すべて教えたい」と.それから,3 年前に封印された「Alto の練習もしなさい」と.おぉ,ついに解禁ですかっ!

幸か不幸か,経済的にはだんなさんの稼ぎだけでやっていけるし,だんなさんもヘタに外で仕事をするよりは,こうしたことをやっている方がよいと考えているし,わたしもやりたい(と思いつつ,その荷の重さに耐えられるかどうか不安なほどですが)というか,「これをやるのがわたしの運命なのだ」と思うので,やはり真面目にやりたいと思っています.

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