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2007年04月14日

[ 儀式や祭儀と聖歌 ] 神のいつくしみの主日(復活節第二主日)

土曜日 17:00〜の所属教会でミサにあずかってきました.この教会に転入して5 ヶ月.主日ミサではじめて「ミサ曲 1 」を歌いました.

聖歌

洗礼式が一通り済んだところで,司祭がオルガニストに向かって「この水を受けた,弾けますか?」と声をかけて,急遽「この水を受けた」を歌うことに.突然言われたにも関わらず,オルガニストはなんなく弾いていらした.

というか,ですね.

うちの教会で,こんなに歌いやすくオルガン弾く人っていたっけ?と思うような出来映えでした.表に出ていたその名前をインターネットで調べると,東京芸術大学のオルガン科をきちんと卒業されている方だとわかりました.拝領されていましたので,カトリックの信者さんでもあることもわかります...確かに,表でよく見る名前ではあるのですが,あまり土曜日のミサで弾かれることがなかったので,気付いていなかっただけかも知れません.

あとは.

うちの教会にしては珍しい選曲だなぁ,と思ったりしたわけです(いつものと比べると明らかです).それもよいなぁと思った理由かも知れません.

でも.「詩編 42 の聖歌は " 谷川の水を求めて" がいいと思います,神父さま!」と言いたかったかなぁ.「この水を受けた」の答唱は非常に明快簡潔なことばで,洗礼式にぴったりだと思う気持ちには同意できるのですが,詩編部分の旋律がイマイチなのでねぇ.

だんなさんは,詩編 42 の聖歌(96 この水を受けた,144 谷川の水を求めて)について,答唱句を比べて「96 この水を受けた」がいいなぁと言っていました.しかし,10日の洗礼式で歌った「谷川の水を求めて」と,今日歌った「この水を受けた」を思い出し,比較したところ......さて,どちらがより祈れるか思いをこめられるか......思うところがあったようです.

ミサ曲のこと

復活徹夜祭以降,ずっと(幸運なことに)ミサ曲 1 を歌うミサに与り続けています.所属教会では主日のミサで「ミサ曲 1」を歌ったことがなかったので,聖堂に入って聖歌番号表を見て驚いたのですが...ここへ来て,あらためて「ミサ曲 1」のもつ(良い意味での)すさまじさというか,底力をひしひしと感じています.

...もし,文語による典礼文はダメというお達しを覆せず,この歌をはじめとする多くの聖歌が歌えなくなったら...日本のカトリック信徒の,少なからぬ数の人が,祈りの源泉を断たれることになるのでしょう.

投稿者 kanemiki : 2007年04月14日 17:00

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