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2007年04月17日

[ 儀式や祭儀と聖歌 ] ブログ記事「葬儀ミサ」を読む

読んだのは この記事 である.

  • 答唱詩編が,典 177「わたしの心は神のうちに喜ぶ」(詩編 105)
  • 朗読箇所も復活節を意識してか,やはり,復活になっていた

と書かれている.そして「聖歌も思い切って次のようにしてみました。」と続けて,以下の聖歌が紹介されている.

少し神学的な説明が加えられたあと,「××教会の葬儀ミサも、第二バチカン公会議の神学のレベルにまでたどり着きました。」と書かれている.

前の教会にいたとき「死んだとき,どんな聖歌が歌ってほしい?」と聞かれたことがある.そのときに即答したのが「典 351 復活の続唱」と「典 20 いのちある すべての ものは」だった.なお「復活の続唱」が掲載されているページには,「主の復活」「キリスト者の葬儀」と書かれていたし,その方は,以前,知人の葬儀ミサで復活の続唱を歌って非常に良いと思ったと仰っていたので理解してもらえたようだった.「いのちある すべての ものは」を選ぶのは,もちろんわたしが大好きな聖歌だから,というのもあるのだが,もうひとつ理由がある.それは,わたしが地上で死んだとしても,この詩編や答唱にあるような心は消えないと思っているし,いま地上で生きて,自分の葬儀に列席してくださっている人にも,やはり,この詩編にある神を賛美する気持ちでその場にいてほしいと思う気持ちがあるからだ.だから,自分の葬儀は,復活に関する聖歌や,神を賛美する聖歌でいっぱいにしてほしいのだ.もし「82 神を敬う人の死は」を選ぶなら,絶対に (5) の詩編を歌って欲しい(なぜか,サンパウロの会衆用式次第にはこの (5) の詩編が掲載されていないのだが...)と思っている.

自分自身がこんな考えなので,聖歌を選ぶときに迷ってしまう.こういう考えを受け入れられない人もいる,ということがわかっているから.

事実「復活の続唱」を良い,と仰った方でさえ,自分の息子の追悼ミサの聖歌選びでは,今回ブログを書いた方が選んだ「99 しあわせな人」はイヤです,と仰って,「カ典 313 静かに流れる水のように」と「カ 246 ひせきにこもりて」にしてほしいと逆提案された(で,その提案通りに決まった).

たまたま今日,葬儀ミサではどんな聖歌を選べばよいのかと尋ねられたこともあって,この記事に非常に考えさせられた.聞いてきた人は,結婚式には必ずメンデルスゾーンの「結婚行進曲」とワーグナーの「婚礼の合唱」を弾かなくてはならないと思っている(注:カトリック信徒)ので,あまり詳しく話しても仕方ない,と思い候補だけあげたのだが......そのときも「キリスト者の葬儀では,復活の続唱をはじめ,復活に関する聖歌を選ぶことも出来る」という弱い表現しかできなかった.

つくづく,葬儀ミサの聖歌選択は難しいなぁ...と思う.

投稿者 kanemiki : 2007年04月17日 01:31

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