2008年06月02日

アレルヤ唱

昨日は「年間9A」のミサでした.典礼暦は,聖霊降臨の主日(5/11)の翌日から年間に入っていますが,主日ミサは「三位一体の主日(5/18)」と「キリストの聖体(5/25)」だったため「年間第●主日」のミサは,四旬節の前以来ということになります.

S 教会の手伝いは,四旬節の途中から始まったため,昨日のミサは,年間のミサでは最初の奉仕となりました.また,S 教会で初めてあずかる年間のミサでもありました.

...で,アレルヤ唱で,オルガンと会衆がまったくそろわない事態が...

すっかり忘れていたのです.年間奇数週のアレルヤ唱の出だし「アレルヤ アレルヤ」の旋律を間延びして歌うクセがある教会が存在すること!どういうことかというと,

F8 F8 G8 A8 A4   A8 G8 A8 G8 E4   F4
ア レ ル ー ヤ ー ア レ ル ー ヤ   ー

楽譜通りなら,上のようになるはずです.しかし A4(ラの四分音符)の部分を付点四分音符で歌ってしまう教会があること...これを忘れていたのです.

アレルヤ唱の前奏では,わたしにとってのいつも通り(四分音符)で弾いたので,そう歌うのだと気づくこともできたはずですが,複数の信者さんから「今日のアレルヤ唱は,オルガンだけが揃わなくて,おかしかったね」とミサの後に言われてしまいました.確かに,オルガンだけが揃わなかったら,わたしの責任ではあるのですが.他方,自分たちが譜面と違う歌い方をしていることは知らず「そんなの,はじめて知った」と仰る人がほとんど... orz

そこで,揃わなかったことについて,譜面通りだと自分が弾いたとおりになると,拍子を取りながら説明すると,一部の方からは「気持ちはわかるけど,S 教会方式だと思って,譜面通り弾かないようにして」とまで言われてしまいました.

でも,間違って弾けと言われても弾けません.S 教会の主任司祭とも,ちょっと話をしなければ...と思いました.その話によっては(主任司祭も間違って弾けと仰るのなら)最悪の場合,奉仕をお断りするのもやむを得ないと思っています.

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2008年05月12日

386 風がどこから

昨日は聖霊降臨の主日でした.日本国内の多くのカトリック教会で「典5 あなたのいきを」や「典386 風がどこから」を歌ったのではないでしょうか.昨日はオルガン奉仕をしましたが,「あなたのいきを」(10) は入祭の歌で,「風がどこから」(1)(2)(3) は閉祭の歌に選びました.

あとで知ったのですが,奉仕した S 教会で「風がどこから」は,これまで聖霊降臨の主日を含め,ほとんど歌ったことがなかったそうです.それを知らずに選曲してしまいました.とはいえ,拝領の歌よりはずっと声が出ていたように思いますし,複数の方が,典礼担当者やわたしに「閉祭の歌は,知らない曲だったけど,とても良かった.また歌いたい」と仰っていました.

奉仕している S 教会は,所属教会ではないので,聖歌事情をあまり詳しく聞いていません.これまでは,あまり歌えない歌を選ぶと文句が出たこともあると聞いていましたが,「他の教会の人」であれば,文句が言いづらいのかも知れません.これを上手に利用すれば,今回のように知らない曲に触れて「これはいい!」と思う機会も増えるでしょう.S 教会の典礼聖歌のレパートリーが増えるように,たまにはこういう「知らない」聖歌もいいのではないでしょうか...

そういえば,4 月に歌った「天の元后喜びたまえ」も似たようなパターンだったな.

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2008年04月18日

高田三郎 混声合唱のための典礼聖歌 I/II と,高田三郎 混声合唱作品集 I

ジョヴァンニ・レコード さんからリリースされた 3 枚の CD ...

今月から会社勤めを始めた関係もあって,まだ買いに行けてません.ほしいんですが...今日,会社帰りに銀座の山野楽器に行こうと思ったけど,まだ雨が強かったのでやめました.ダブル・ポイントデーの火曜日に行ってきます(他にも,教文館で「福音宣教」と「毎日のミサ」を買ってこないといけないし).

さて 3 枚の 新譜 CD のうち,やはりカトリックの信徒としましては 高田三郎 混声合唱のための典礼聖歌 I と,高田三郎 混声合唱のための典礼聖歌 II が気になります.

楽譜はたぶん,カワイ出版の混声合唱用のを使っているんだろうなぁなどと考えたり,聴く前から楽しみにしております.また II については,サンパウロからリリースされた「よろこび歌えアレルヤ 復活徹夜祭の典礼」との比較が容易に可能ですし...

個人的には II の方に「聖霊の続唱」が入っていたら申し分なしだぞ!と思うのですが,これは III(年間・祝祭日・詩編の典礼聖歌)を待つことにしたいと思います.

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2008年03月30日

351 復活の続唱(任意)

+主のご復活おめでとうございます.

復活の主日から,今日の神のいくつしみの主日では「復活の続唱」を任意で歌うことができます.わたしがミサにあずかる回数の多い教会を見る限りにおいては,神のいつくしみの主日に「復活の続唱」が歌わない教会は 1 つもないのですが,実際はどうなんでしょうか.

さて,今日は S 教会の主日ミサで,オルガン奉仕をさせていただきました.年度末最後の日曜日ということもあり,昨日から,教会学校で「お泊まり会」が行われていたため,教会学校に通うこどもたちがたくさん列席していました.そのため,ミサ曲と答唱詩編,アレルヤ唱以外は教会学校担当の若者によるギター伴奏の歌になる「こどもミサ」でした.

こどもがたくさんいることもあり,ミサの前に司祭から「続唱は任意なのでナシで,アレルヤ唱だけにします」という伝言がありました.聖歌番号表から 351 をはずし,ページめくりをしないで済むようにコピーした楽譜もカバンにしまったのですが,第二朗読が終わったしばしの後...

「みなさんお立ちください.典礼聖歌集 351 番復活の続唱を歌います」

とミサ進行者のアナウンスが...! あぁ,神父様ごめんなさい,ミサ進行者に伝えるのを忘れました orz 会衆はすでに,復活の続唱を歌う気マンマン(?)で,ページを開いて待っています.どうしようか悩み,神父様を見ると,祭壇へ移動完了しておられる.えーい!と思い,遠くにあったカバンを持ってきてもらい,楽譜を取り出して一小節目を弾き始めると,神父様が手で制止.あ,やっぱりナシか?と思いきや...

♪キリストを信じるすべてのものよ...

神父様〜 (T_T) ありがとうございますー.

というわけで,歌う予定のなかった復活の続唱は歌われたのでした.気のせいではないと思うのですが,弾いているわたしの前には,確かにマグダラのマリアが,ペトロに驚きと喜びに満ちあふれて高らかに主の復活を語る姿が見えたのでした.歌う予定がなかったのを,結果的に歌わせた?のは,彼女かも知れませんね.

ミサのあと,司式司祭とお互いに謝りあってしまいましたが,神父様から「どうしようと思ったけど,もう(私の名前)さんに任せちゃおうと思ってました」と仰って怒らずに赦して下さったのでした.S 教会で,この神父様の司式で弾くのは 3 回目でしたが,だんだん神父様の司式に慣れてきたので,これからさらに工夫をして,よいミサの奉仕ができるように頑張ろうと思いました.

ちなみに,長くなると懸念された「続唱」ですが,この日のミサは 正味 60 分弱だったので,まぁほぼいつもと同じくらいの長さだったのではないかと思います.

S 教会での次のオルガン奉仕は 5/4 (主の昇天)の予定です.

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2008年03月26日

典礼聖歌 161「喜びの聖なる油」

3/20 に行われた,東京教区の聖香油ミサで歌った「喜びの聖なる油」は,典礼聖歌集(あかし書房)とは異なる歌詞でした.答唱句は同じなのですが,詩編部分が違う.というわけで,どんな聖歌だったか,ここに再現してみます.

161 喜びの聖なる油(オ・レデムプトル試訳版)

答唱句「喜びの聖なる油 神はあなたに注がれる」は、典礼聖歌集のまま歌う。

詩編部分が「オ・レデムプトル」(カトリック中央協議会「聖週間の典礼」208-1,208-2 参照)に変更された。音の動きは次の通り。

Giovanni Recordsさんに教わったので,ドイツ語を追記します.すみません、ドイツ語のドレミがわからないので orz ↓で勘弁してください。


光をあびて木が実らせた 香り高いこのあぶ
ら、
世の救い主に民


永遠の王よ、聖別したまえこのあぶ
ら、
いのちのしるし 悪霊を退けちか

香油を注がれた すべての人は、
新しい 息吹を受け、傷ついた栄光 され

聖なる泉に洗われて 罪と汚れは消えうせ、
油は ひたいに恵みそそ

父の心から生まれ おとめに宿られた主よ、
聖なる香油を注がれた者に 光を与え、死をしりぞたま

この日は 祝いの日、
とこしえに終わることのない とうとろこびの

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2008年03月19日

混声合唱のための典礼聖歌@銀座教文館

混声合唱のための典礼聖歌

この本は,出版元(カワイ出版)で絶版になったあと「受注生産」対応になりました.そのため,注文は 5 部以上が必要 になります.知人で,この本を入手したい人がひとりいるのですが,さすがに 5 冊は買えない...と言って,なかばあきらめていました.

今日,銀座にある教文館 3F の,キリスト教書フロアを見ていたら...なんと,この混声合唱のための典礼聖歌(受注生産バージョン)が置いてあるではありませんか!客が手に取れる棚に 1 冊,棚の下にある,店員さんが出し入れするための引き出しに 2 冊...さすが,教派問わず & 本を大事に扱う教文館!と思わず感動してしまいました.もちろん,知人のために 1 冊購入.

オリエンス宗教研究所の雑誌「福音宣教」の最新号では,高田留奈子先生が,夫である高田三郎先生の「混声合唱のための典礼聖歌」に改訂された譜面があることに言及されています.そのことにも関係があるのでしょうか.

この楽譜を入手したいけど,受注生産までは...という方は,今後は 銀座の教文館 が狙い目です(追加注文なら,カワイ出版が 4 部以下でも対応するため,その注文に応じてくれる可能性が高い)!

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2008年02月16日

〜に感謝

カトリック教会でミサに列席したことがある(あずかったことがある)方で記憶力の良い方であれば、いちばん最後に「神に感謝」という意味のことばでミサが締めくくられるのをご存知かもしれません(なお、日本語の場合は「神に感謝」で終わります)。

先日、だんなさんが会社でトラブルに遭遇 し、いつ帰れるかわからないという電話が来たことがありました。そのトラブルは、あちこちの IT 系 Web サイトで記事になるほど、被害が出たようです。だんなさんの場合は、彼が師と仰ぐこじませんせいの Web サイトで、このトラブルに関する情報を仕入れ、原因をつきとめることができたそうです。で、だんなさんの「だめだめ日記」には、このような記事 があるわけです。

この記事を見つけた瞬間……

こじませんせいが神に見えました。

こじませんせいに感謝 m(_"_)m



と書かれていますが、彼がこれを書きながら、典礼聖歌 201 番「歌ミサの式次第」を歌っていたのはいうまでもありません。

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2007年11月11日

60「神はすべてのものを治め」

「神はすべてのものを治め」は,待降節の週日のミサで,何度か答唱詩編として歌う聖歌のひとつです.

これまでに歌った記憶がないのですが,「待降節に入ったら,週日のミサで答唱詩編とアレルヤ唱を歌いませんか」という意見が出ているので,練習する必要に迫られたのです.で,この曲を弾いてみるとわかりますが,詩編唱の最初の音が変なのです.

この聖歌は,新垣壬敏氏の作曲なので「カトリック典礼聖歌集」の 12 番としても出ています.こちらでは,次のようになっています.

これ以外にも,同じ音が連続して四分音符で書かれている所が,のばし続けるようになっていたり,答唱句の第五小節目と,第八小節(最後)は和音が変更されていることにも気付きました.また,新垣壬敏氏の考えに基づいて,詩編唱については,音の長さも変わっています.

詩編唱の最初の音は,どう考えても印刷ミスでしょう.また,和音変更も第五小節については「偉大な父」という重要な歌詞の部分にあたるため,曲のイメージが大きく変わってきます.TS も,あかし版と,混声版で同じようなことをしていますし,両方を弾いて考えてみようと思います.

主日とは異なり,週日は TS 以外の答唱詩編もあります.そういう意味では今回のような新たな発見もあり,勉強になることも多いかもしれません.

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2007年06月19日

主をたたえよう

「主をたたえよう」といえば,わたしが苦手な答唱詩編の一つです(ここで「どれもそんなちゃんと弾いていないだろ」という鋭いツッコミはなしです).恥ずかしい限りですが,# が 3 つ以上,♭が 5 つ以上の曲はジャンルを問わず苦手です.「主をたたえよう」は,教会で用いられる赤い本(あかし書房)も,カワイ出版から出ている混声合唱版も,# が 5 つあります.というわけで,わたしの楽譜には随所に「#」が書き加えられています.

...というのはさておき.

「主をたたえよう」は,7月 8日(年間 14C)に 130番を歌いますし,7月 3日(聖トマ使徒)の祝日には 132 番を歌います(わたしの場合,7 月 3 日は歌唱ミサにあずかる予定のため間違いなく歌います).というわけで,少し前から練習頻度があがっている曲です.

典礼聖歌の CD のうち,何種類かには「主をたたえよう」が収録されています.聞きくらべをすると,出だしの「主をたたえよう」の部分のオルガンが,くっきり旋律を奏でているものとそうでないものがあります.これは 答唱詩編の解説 に答えが書かれているように,あかし書房版と,カワイ出版版で,出だしの伴奏(の左手)が異なるからです.

あかし書房版では「シ」を押し続けますが,カワイ出版版では「レ# ファ# シ」と旋律と同じになっています.これが「くっきり」しているかしていないかの違いです.

さっそく試奏.結論から言えば omasico 氏の意見に賛成です.

omasico 氏のサイトには,八分の十二拍子の答唱句の冒頭は、トランペットの響きで始まります。 と書かれているし,「典礼聖歌を作曲して」にも,トランペットのような音型にふさわしく、元気よく、いそいそと歌われるべきでしょう と書かれています.「元気よく,力強く,自分のなかからあふれ出てくる,主をたたえる気持ち」を旋律で表現するなら,カワイ出版版が良いです.自分で弾いてみれば,なぜこちらを勧めるのか,すぐにわかるのではないでしょうか.

さて,この曲には苦い思い出があります.rit. なしで弾くのを強いられたことがあり,弾くたびにそれを思い出すのです.まぁ,わたしが「主はいつくしみ深く」の部分をゆっくり弾きすぎたというのもあるかも知れませんが,その代償(?)として「そのあわれみは永遠」の rit. まで失うことになり,しまりのない歌になってしまいました.

そんなわけで,この聖歌が嫌いというわけではないのですが,嫌な記憶と張り付いてしまったのが歌ったり弾くたびに思い出されるという,いわくつきの聖歌になってしまったのが残念でなりません.徹底的に弾き込んで,悪夢?は払拭しなくては...ね.

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2007年05月07日

ミサ曲聞きくらべ!

典礼聖歌は,各社からけっこうな枚数の CD がリリースされていますから,同じ曲を聞き比べることも可能です.ずいぶん前に,自分の勉強用にまとめた MD を更新すべく,新しい「ミサ曲ききくらべ」を作ってみました.ミサ曲は「ミサ賛歌 I (典 203〜206,251)」です(太字は,251 信仰宣言が録音されているものです).

CD 名演奏者や指揮者など
高田三郎作品集 5
(ビクター)
豊中混声合唱団
指揮:高田三郎
高田三郎の典礼聖歌 II
(フォンテック)
東京荒川少年少女合唱隊,コーロ・ファンタジア
指揮:高田三郎
日本のミサ曲
(サンパウロ)
長崎カトリック合唱団,長崎カトリック神学院 他
指揮:新垣壬敏
ミサ
(サンパウロ)
典礼聖歌アンサンブル
指揮:上田征志
歌唱ミサ
(フォンテック)
典礼聖歌研究会
指揮:高田三郎

この順番に並べて録音し,だんなさんと一緒に聞いたのですが...だんなさんからは「悪意を持った並べ方」と言われてしまいました(何を持って「悪意」というかはご想像にお任せしますが).

「やまとのささげうた」も,京都カルメル会&お告げの聖母修道会 (ビクター),東京荒川少年少女合唱隊 (フォンテック),典礼聖歌アンサンブル (サンパウロ)を持っているので,聞きくらべをしてみたいと思います.

なんで,こんな CD/MD を作ったか?というと,自戒のためであり,耳の訓練のためであり...同じ「高田三郎の指揮で,大人が歌っている」作品であっても,豊中混声合唱団バージョンと,典礼聖歌研究会バージョンは(楽譜が違うというのもあると思いますが),ずいぶんと異なる印象を受けます.その場,そのときに合った歌い方があるのだ,と教えられているようで非常に勉強になりますので,こういった聴き方もおすすめ...です.

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2007年04月16日

おほしさまといっぱん

うふふ o(^_^)o ネタではありません,念のため.

だんなさんの書く人気?サイトである だめだめ日記 に「おほしさまといっぱん」というネタが登場.

この直前まで,だんなさんと一緒に何曲か「典礼聖歌」を歌っていました.聖金曜日から復活の主日までお世話になった教会のとある方から「下のパートが,自分しかいなくて...」と言われて「今度きたら,一緒に下のパートを歌いましょう」と言ったこともあるし,代母さんも「そろそろアルトの勉強も」と言われているのもあるし,すべて「だんなさんが上,わたしが下」で歌っていました.

上(ソプラノ)については,3 年半ほど歌ってきたので旋律が頭に入っていて,詩編の歌の場合,答唱句であれば T.S. 作曲の歌は楽譜なしでも歌えます.一方,下(アルト)はまったく歌っていないので,頭に入っていません.歌詞は頭に入っているので,ひたすら楽譜の♪を追い続けなければなりません.

小学校の頃から,声が低い割にはアルトにまったく縁がなかったし,合唱の経験もないので,とにかく歌い慣れなくて大苦戦しています.そのため,思わず「難しいねぇ...」とだんなさんに言いました.で,続けて

み「S さんは,○○教会で,拝領行列のために並んでいたときに,楽譜を何にも見ないで "46 神の注がれる目は" の下(バス)を歌ってたよ,すごいよねー」

も「S さんもすごいけど,一緒にいる人も相当だと思うんですが」

み「わたしは S さんの靴の紐をとく値打ちもないー」(マルコ 1:7)

などと会話していたら,だめだめ日記にあるような,某 A 部長のおことば を頂戴してしまったのです.わたしには「一万光年」といったくせに,日記では「一光年」になってる.でも S さんが「100万光年」であることは,だんなさんも十分認識している模様....って,心の師に向かって,何つー暴言を吐いているんでしょうか,わたしたち orz

というか.だんなさんよ,そんなこと書いていたら,カトリック(またはキリスト教)信者だってばれるぞ.

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2007年03月11日

典礼聖歌 383 「イエズス・キリストへ」

典礼聖歌 383 番「イエズス・キリストへ」は,四旬節の(特に閉祭の歌として)定番曲です.今日も某教会で歌ってきました.この歌は,1〜3 番まで通して歌うのが普通だと思っていたのですが...みごとに 1 番だけで終わってしまいました orz がっかり.他にも何人か,2 番を歌いかけたところでオルガンが止まってしまったので,あえなく歌うのをやめたという感じの方がいらっしゃいました.

聖歌練習では,練習のために 1 番ずつ歌うこともありますが,ミサなどでは通して歌いたい曲ではないでしょうか...まぁ,その教会の決めごとであれば文句はありませんが.わたしが奉仕の当番だったら,絶対こんなコトはしません.

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2007年02月16日

このパンを食べ

典礼聖歌集というのは,何冊か出ていますし「このパンを食べ」という聖歌も TS によるもの,AT によるものがありますが,ここで取り上げるのは TS の「このパンを食べ」です.

主な本としましては,この 2 冊に掲載されています.

詳しい解説については,作曲者の手による著作である「典礼聖歌を作曲して」(オリエンス宗教研究所)や omasico さんの解説 がありますのでそちらに譲ります.

さて,上記の 2 冊を見比べます.「あかし書房」の版に書かれている聖歌の調は#1つ,「カワイ(混声合唱)」版は♭4つです.ただ,それよりも大きく変わってくるのは(omasico さんの記述にもありますが)伴奏です.答唱部分は調が違うだけですが,詩編部分は「あかし書房」版が右手だけで弾く形で「カワイ版」は,両手で弾く形になっています.

先日の聖歌練習で,たまたまこの曲の伴奏をしました.わたしの「あかし書房」版の伴奏譜には,カワイ版の詩編の編曲(左手部分)を移調したものを追記してあります.だから,弾けと言われれば,どちらでも弾くことができるようにしてあります.

「どうしますか?」と質問したところ,うちの代母さんは...カワイ版の左手は「あくまで合唱用」であって,聖歌として歌うときは必要ないという考えなので,即答で「左はいらない」でした.

「典礼聖歌を作曲して」にも,この聖歌に関しては "真の謙遜を心に持ち、それが歌によって伝えられるようにしたいものです。" とあります.これをよりよく表現できるのはどちらなのでしょう.

「誰が歌うかで変わってくる」と思うのです.特に詩編部分はソロやソリといった少人数で歌う部分ですから.たとえば,うちのだんなさんみたいに,響く声で歌える人であれば,より詩編が強調される「右手だけ」が良さそうな気がします.一方,あまり響かない声の場合は,「右手だけ」でもよいのですが,伴奏者が詩編唱者を補助する意味合いで,左手を弾くのもありではないかと思うのです.他の教会ではどうしているのでしょう.

残念ながら,わたしは所属教会で,この聖歌を歌ったことがありません.きっと,聖木曜日「主の晩さんの夕べのミサ」まで待つことになるでしょう.そのときに,どう伴奏されるか.どう歌われるか.じっくり味わってみたいと思います.

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2007年02月09日

どのミサ曲を歌ったことがありますか?歌いたいですか?

わたしの場合,ミサで歌った経験のあるミサ曲は,次の通りです.

前の所属教会では ミサ曲 1,2,3 が歌われていました.今の所属教会では,栄光の賛歌がない季節はミサ曲 4 を,祝祭日にはミサ曲 1 を,あとは月ごとにミサ曲が入れ替わる形式で,今月は四旬節までが「やまとのささげうた」です.

他のミサ曲(典礼聖歌集のミサ曲 5,ミサ曲 6,ミサ曲 7,カトリック典礼聖歌集のいくつかのミサ曲)は,だんなさんや自分の試奏にあわせて歌ったことはありますが,ミサのなかで歌った経験はありません.

今日の午後,カトリック教会に籍を置く知人と会って話していたのですが,その方はあちこちの教会を転々としているのですが,ミサ曲 1,2,3 しか歌ったことがないとのことでした.で,他のミサ曲ってどんな曲調なの?と仰るので(たまたま持っていた)典礼聖歌集を取り出し,その方が知らないと仰るミサ曲をちょっとだけ歌って聴かせました.......その結果ですが.ミサ曲 6(作曲:伏木幹育師)と,やまとのささげうた(作曲:高田三郎先生)が気になったようです.ミサ曲 6 は「平和の賛歌」が,やまとのささげうたは「信仰宣言」が特に気になる存在のようでした.

典礼聖歌については,さまざまな CD がリリースされていますが,一部の曲しか取り上げられない傾向があります.ミサ曲についても,典礼聖歌集のミサ曲 2,4,5,7 の録音は聴いたことがありませんし,長く典礼聖歌に関わってきた人であっても「ミサ曲 X は一度も歌ったことがないからわからない」と仰ったりします.

まぁ,こう書いている私も,某ミサ曲は大嫌いで,歌いたくない(そのミサ曲のときは,他の教会に行きたくなるく程イヤ)のもあるのですけどね (- -;) その曲を歌っても,まったく祈れないし,それどころか,怒りがわいてくるので...困ったものです.

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2007年02月02日

某巨大掲示板に書かれた「栄光の賛歌」

閉鎖が噂されている某巨大掲示板のとあるスレッドに「栄光の賛歌が好きだー」と言って

♪感謝ーしたーてーまーつるー

と書かれていました.あぁ,この人ミサ曲 2 の栄光の賛歌(典礼聖歌 208;作曲 シスター石川和子)が好きなんだなぁ〜と思ったのはナイショです.でも,その直前のネタは高田三郎先生作曲の聖歌だったので,ちょっと変な感じです.延々と高田聖歌への批判的な意見(ひとりでいっぱい作って面白くない,早く消えちゃえ など)が続いていたから,その意味が込められていたのかな?

高田三郎先生のミサ曲(典礼聖歌 204)であれば,きっと

♪感謝したてまつるー

になるだろうし,やまとのささげうたは歌詞が違うからあり得ないからなぁ.

「来なさい重荷を負うもの」がこき下ろされていた

タイトルのままですが.高田先生の合唱曲ネタのスレッドでは,これのどこがいいのか理解できない,と散々書かれていました.歌から入った人の意見だろうなぁと想像しています.キリスト教を信仰する人だったら,教派を問わず,この曲の良さはわかるでしょうから.

この辺が難しい所なんでしょうね.聖歌として優れているものが,合唱曲としてキリスト教に無関係な人たちに受け入れられるかどうかは別問題ですから.だからこそ,もっとカトリックの歌い手さんには頑張って欲しいんですが.地域でも,全国的なレベルでも構わないから,聖歌(できれば高田作品)を歌いまくる&広めまくる聖歌隊が結成されないでしょうか...

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「主の奉献」の祝日

毎年 2 月 2 日は「主の奉献」という祝日です.
生まれた 40 日後に「初めて生まれる男子は皆,主のために聖別される」という律法にしたがうために,エルサレムの神殿に行き,両親であるヨゼフ様とマリア様が,イエス様のことを神に捧げたことに由来しています.つい最近(1960年)までは「マリアの清めの祝日」と呼ばれていたらしいのですが,典礼刷新のため呼び方が東方教会の伝統に合わせられて変わったそうです.

「降誕に関係する日」がその理由だと勝手に想像していますが,この日のアレルヤ唱の番号は典礼聖歌 258 で,旋律は降誕節のものを使います.でも,平日のミサってあまり歌わないから気付きにくい....所属教会も,今日はいつも通りの平日のミサ(6:30)と,初金(10:00)だけだったみたいで,先日のパウロの回心のような夜のミサはないみたいです.うーん,うちの教会では,夜に祝祭日のミサをやるかやらないかの基準は,何で決まっているんだろう!?やっていれば,行きたかったんだけどな.

今日のミサの福音朗読(ルカ 2:22-40 または ルカ 2:22-32)では,そのときに起きたことが読まれます.この場面を歌ったのが「Mit Fried und Freud ich fahr dahin」という J.S.バッハの教会カンタータ(BWV125)です(BWV83もあります).Mit Fried und Freud ...は,実はわたしがいちばん好きな教会カンタータだったりします(このカンタータの初演も 1725年の今日です).まぁ,どうでもよいことですが.

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2006年12月13日

代母と再会

昨日は,都内 A 教会で,毎月一度のペースで代母が主催する聖歌練習があり参加してきました.2年ほど前から行われているのですが,なぜか病院の予約と重なることが多く,今回ようやく初参加.すぐそばにいる,来ていると思いながらも,代母と会うのは,2年半ぶりになっていました.結婚式には是非来て欲しかったのですが,その頃はちょうど代母が調子を崩していたのです.

代母にはじめて会ったのは,わたしの受洗教会です.月に一度,聖歌指導に来ていました.当時はわたしが日常生活が困難なほどに体調が悪かったのですが,この練習だけは出ていました.そして,練習に参加していたひとり I さんの熱烈な勧めで,わたしの代母になっていただいたのです.

当時は,I さんや一緒に練習に参加していた U さんに代母をお願いできないか?と考えていたのですが,おふたりが推すので,間違いはないだろう...と思ったのを覚えています.今考えれば,I さん,U さん,ともにその後すぐにそれぞれの事情で教会を去りましたから,これで良かったのかも知れません.

さて,代母に会ったのは 2 年半ぶりですが,その 2 年半前,わたしは代母にかなりひどいことをしたのです.わたしが措置入院寸前だったところを,代母が自分の家に引き取り面倒を見てくださったのです.だけど,代母宅にいる間,わたしは本当にひどいことをしまくったのです.だけど,代母はずっと見守ってくれていました(今思えばですが,当時はまったくわからなかった).

で,医者が言う期限まで代母の家にいて,代母がわたしを連れて病院に行き,入院はいらない,と医者に話し,それきり...なんという親不孝者でしょうか.

だけど,昨日の代母は,何もいわず,病気がずいぶんよくなった(おそらく 99.9% 治った)わたしを,何も言わず受け入れてくださったのです.最近の代母は,受洗の時だけ,ということが多いみたいですが,わたしの場合は違います.まちがいなく一生もの以上の代母です...放蕩娘を,喜んで迎え入れられる母なのですから.

そして,きっと,この代母が高田三郎先生から直接聞いたことや教わったことを,次の世代へつなぐのが,自分の役目なんだろうなぁと思いました.その責任は,かなり大きそうだけど...

さて,その代母と涙の再会を果たした後に聖歌練習です.

98 以降は季節とはあまり関係ありませんが,聖歌練習のあとのミサで歌うので練習.わたしは 24,98 のオルガンを弾きました.自分の弾き方が全然だめだと思いました orz 猛練習が必要だぁ.代母のいる M 教会には,山野オルガンがあるので,行って弾かせて欲しいのだけど,主任司祭から 1 日 1 時間以上ひいてはならないと言われているらしく,よそものが行くなんて到底無理です.わたしが M 教会に行っていたころは,みんなが練習にきていて,オルガンが生きていたのですが,今は半病人らしい.残念なことです.

特筆ものがあります.それは練習後の「ミサ」です.

練習の場を提供してくださっている A 教会の主任 F 神父さまが司式してくださるのです.週日でありながら,入祭のあいさつから閉祭の挨拶まで,すべて歌います.共同祈願もすべて歌います.変な司会者もいません.そのミサの荘厳さは,表現の試しようがありません.説教は,わたしがこの待降節ずっと自分のなかに置いてきた主題について語られたこともあり,これまた感激.目から涙があふれそうでした.

こんなすごいミサが,都内の教会で行われていたこと自体が奇跡に近いかもしれません.

こういうときは,やはり「ミサ曲 1」だなと思うのです.先唱させていただいたのですが,こういうミサには「ミサ曲 1」がいちばんよくあいます.まぁ K さんのオルガンも非常にすばらしいからこそ,なんですが.そうなれるようにもっと練習しなくちゃなぁ...と思いました.歌もオルガンも.

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2006年12月03日

301「天よ露をしたたらせ」

待降節の入祭の歌として 301番に掲載されている「天よ露をしたたらせ」は,イザヤ書 45章 8 節と詩編 72 章 3,6 節から歌詞が作られた聖歌です(作曲は眦鳥囲裟萓犬任后法

天よ、露を滴らせよ。
雲よ、正義を注げ。
地が開いて、救いが実を結ぶように。
恵みの御業が共に芽生えるように。わたしは主、それを創造する。
(イザヤ書 45 章 8 節;日本聖書協会 聖書 新共同訳より引用)
山々が民に平和をもたらし/丘が恵みをもたらしますように。
王が牧場に降る雨となり/地を潤す豊かな雨となりますように。
(詩編 72 章 3 節,6 節;日本聖書協会 聖書 新共同訳より引用)

わたしがかなり好きな聖歌のひとつで,待降節を間近に控えた季節になるとけっこう歌っていますし CD をかけたりもしています.

で,12/3 は 2007 年度の待降節第一主日で,晴れてこの歌が解禁されます.教会でも歌ってきましたが,うちでも歌ってみましたー.しかも,二部合唱で.一度目はだんなさんが上でわたしが下,二度目は交代して歌ってみました.教会で歌うと単旋律になるし,CD だと混声四部ですから,二部合唱形式を耳にするのは初めてでした.で,ふたりで「いいねぇ,二部!」と言いあってしまいました.

というわけで,この待降節,どこかで歌える機会があったら,下パートを歌ってみたいぞーとかなり真剣に検討中です.

聖書  新共同訳: ©共同訳聖書実行委員会
Executive Committee of The Common Bible Translation
© 日本聖書協会
Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988 

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2006年10月03日

やまとのささげうた

先日,東京教区の H 教会の主日ミサにあずかってきました.この教会は,知る人ぞ知る?典礼聖歌の作曲でおなじみの T.S. 先生が生前に所属されていた教会です....といっても,先生の帰天後に聖堂が建て替えられたのですが.

さて,聖堂に入って聖歌番号を見てびっくりです.なんとミサ曲が「やまとのささげうた」!

...A(^_^;) さすが H 教会って言っていいんですよね!と思いつつ.残念ながら?というか,めでたいことに,というか,幼児洗礼式があったため,あわれみの賛歌,栄光の賛歌は歌えなかったのですが,感謝の賛歌と平和の賛歌はしっかり歌ってきました(信仰宣言は,洗礼式があったので洗礼式のものを唱えるだけ).

それほど多くの教会を訪れたことがあるわけではありませんが,やまとのささげうたを主日ミサで歌っている教会に行ったのは初めてです.さすがは H 教会!また行きますっ!と言ってみたり (^_^;) ...でもちとオルガンがいまいちだったきもしないわけではないけど,まーいーか.

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2006年08月17日

「聖母の被昇天」ミサ曲 3 は合格点!

昨年はできなかった 8月 15日の聖母の被昇天ミサ.今年は病気療養中の五十嵐秀和神父が特別に司式してくださることになり,19:00 スタートで行われました.実は五十嵐神父様は新垣壬敏氏とつながりがあるようで,新垣氏のミサ曲 "神の母聖マリア"(典礼聖歌 211〜214)がお好きだそうです.わたしたちの教会では未知のミサ曲でしたが 5 月から練習をはじめ,この日のミサでついに「デビュー」したのです.

(声が大きい,音程がぶれない)うちのだんなさんは仕事ですから定刻に間に合うはずもなく,不安もありました.しかしミサの前に全員で 2 回ずつ練習をしたこともあって,はじめてにしてはかなり上出来でした.ミサの後,五十嵐神父様と食事に行ったのですが「よく歌えていましたね」と,及第点をいただきました♪ やったね!

ミサ曲 2 は,練習からモノになるまで 2 年かかったそうなので,それが 3 ヶ月で達成できたことは大きいと思います.レパートリーが増えたわが教会.主任司祭がいらっしゃるようになったとき「それは歌えないです」で終わらないように頑張ろう!

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2006年07月04日

ミサ曲 《神の母聖マリア》

わたしが今の教会に頻繁に足を運ぶようになったのは,2003 年の秋からです.ミサ曲は典礼聖歌 203〜206(作曲 眦鳥囲此┘潺偽 1),典礼聖歌 207〜210(作曲 石川和子;ミサ曲 2)の 2 つを交互に歌っていました.2004 年の復活祭で主任司祭が交替し,第 1,3 日曜日はミサ曲 2,残りはミサ曲 1 となりました.さらに今年の春から司牧体制が変わり,第 1 日曜日はミサ曲 2,あとは任意(オルガン担当任せ)になりました.

わたしがオルガン奉仕をするようになった 2004 年秋から「新しいミサ曲に挑戦したい」という声があがっていました.しかし進捗のないまま時間だけが経過していました.しかし,今春の司牧体制変更によって,月に 1 度ミサを捧げに来てくださることになった神父様(以下 K 神父)は "典礼聖歌 211〜214...《神の母聖マリア》(作曲 新垣壬敏;ミサ曲 3)" がお気に入りだということが判明.今は病気療養中で小教区を持たないこの神父様にとって,会衆とともに捧げる数少ない機会です.ついに 4 月からミサ曲 3 の聖歌練習が始まりました.

この練習を始めるに当たり「聖歌練習の参加者が,このミサ曲に慣れてきたら本番のミサで歌います」とミサ後のお知らせでお話ししました.しかし,練習に参加しているのは片手で数えられるほどの人数です.そのため(幸か不幸か)細やかな練習ができたので,すでにサマになる状態に達してしまいました.

K 神父様は第 3 日曜日にいらっしゃいます.また,第 2 日曜日にミサを捧げてくださる神父様は特にこだわりのミサ曲はないし,昨年叙階されたばかりなので(経験を積む意味でも?)いろいろなミサ曲で司式した方が勉強になるでしょう...という理由で,7月 9日(今度の日曜日)のミサで,ミサ曲 3 がついに主日ミサで歌われることになりました!

...この決定が,今後にシコリを残す可能性は否定しませんが...

2日のミサの後,教会委員会の準備会議(教会委員は必須,委員でなくても参加可能)でこの話をしたところ,一部の人は賛成,一部は猛烈に反対,一部は沈黙しました(この会議に参加した人は全員練習には不参加です).猛烈な反対者の方の意見は,(わたしが来る前に練習した)ミサ曲 2 は練習を始めてからミサで歌うまで 2 年かかったから,ミサ曲 3 をそんな早くミサで歌うのはおかしい,というものでした.わたしはミサ曲 2 について,どういう練習過程を経たのか全く知りません.ミサ曲 2 は,わたし個人の意見としては正直なところ(2 年かけて練習し,その後 3 年程度歌っているということになりますが)全くダメです.たとえば,栄光の賛歌の最後「えいこーのーうちにー」の「にー」が,ちゃんと 3 拍伸びていない(2 拍しかない)し,感謝の賛歌は根本的なリズムとテンポ(付点二分音符で示されている)が間違っています.それで歌い慣れた結果,間違ったまま染みついた旋律が離れない状態になっています.また,いまだに歌えない人もいます(口が閉じたままなので分かる).これが 2 年間の練習の成果...?といいたくなってしまうのです.

一方,ミサ曲 3 は練習期間こそ短いかも知れませんが,譜面になるべく忠実に弾くことを原則とし,あとは新垣先生が指揮したものを聴いてテンポを定めてみたり rit. の箇所などを点検しています.しかも,だんなさんがそれなりに歌うはずなので,それに引っ張られて会衆が歌えば,体裁は整うと思うのです...これは,だんなさんがこの教会に来た瞬間から明らかに変化した良い点です.彼が大きな声で歌うため,ほかの人も引っ張られるように歌うのです.

また「練習もしていないのに,ミサでやるなんてひどい」という意見もありました....が,聖歌練習が行われていること,そのなかで「ミサ曲 3」に取り組んでいることは,毎回お知らせしてきました.練習が慣れてきたら本番のミサでやることも言ったはずですが...典礼委員のリーダーすら忘れている(聞いてない?)し,練習する気のない人たちから言われてもねぇ...というのが本音です.

すったもんだの議論の末,ミサ曲 3 は予定通り 7月 9日のデビュー(?)が決まりました.弾くのはわたしの予定です(責任という意味合いも込めて).

ミサ曲 2 の旋律を毛嫌い & 失笑している(多くはラテン語聖歌を歌える)人たちが,けっこうミサ曲 3 を楽しみにしているようです.そこが救いです.「眦鳥囲困箸楼磴辰仁匹気發△襪諭廖崢戦しがいがありそうだね」「好きになれないけど,こういうのもあるんだ,ふ〜ん」などなど,最初はちゃんと歌えなくてもいいから,他の人が歌うのを聴いて,それぞれの人が何かを感じとれるとよいなぁ...と思っています.

そのためにも.新垣先生指揮の CD を聴いて研究しなくちゃ.

投稿者 kanemiki : 04:58 | コメント (0)

2006年04月23日

ミサ曲 3(211〜214)

所属教会では,ミサ曲といえば 1(203〜206),2(207〜210)のいずれかでした.わたしは 2004 年からの新入りなので詳しい状況はわかりませんが,新しい聖歌に着手する状況になかったようです.

しかし,わたしがオルガン奉仕に携わるようになってから(若輩者で,言いやすいのか?)しばしば「新しいミサ曲に挑戦したい,やろうよ」という声を聞いてきました.なかなか切り出す機会もなく,ずるずる来てしまったのですが,ようやく「大丈夫かな?」という状況になってきてオルガン奉仕者のなかでも GO サインが出ました.

というわけで,今日のミサで「これから,新しいミサ曲...211〜214のミサ曲 3 を練習し,慣れてきたら主日ミサでも歌いたいと思います」とみなさんに連絡しました.そして,来月から聖歌の練習をはじめることも告げたのですが,今日からだと勘違い?された方が「新しいミサ曲やりましょう!」と,笑顔で仰るのです(今日は,土曜日の結婚式の聖歌の練習をすることは説明しました).

これまで,聖歌を練習すると言っても,あまり練習に参加されていなかった方です.だから,参加してくださっただけでもうれしい!と思いました.

それだけではありません.この説明をしているときの,みなさんの表情.晴れやか,というか,笑顔というか,期待あふれる表情です.わたしは,言い出しっぺとして (^_^;) ミサ曲 3 を歌えるようになるまで,がんばっていきたいと思います.聖母被昇天(やるかな?)あたりで,歌えるといいなぁ...

投稿者 kanemiki : 19:26 | コメント (0)

2006年04月21日

あおばわかばに

5/7 の入祭の歌はこの聖歌になる予定です.

個人的主観はともかくとして,この日司式予定の神父はこの曲がだいすきです.何せはじめてお会いしたときに「5 月は聖母月ですから "あおばわかばに" を歌うべきです」とまで仰ったのですから....というわけで,気分よく司式していただくためにも,この聖歌を選ぶのは 仕方のないこと 当然だと思います.

また,この神父は,ミサ曲 2 でなければダメという縛りがあります.あまり手が大きくないので,手が届かない(特に栄光の賛歌)こともあって,できれば避けたいんですが...神父の意向なので仕方ないとあきらめています.

投稿者 kanemiki : 20:17 | コメント (0)

2006年04月18日

未知の聖歌,懐かしい聖歌に挑戦

わたしたちの教会では,典礼聖歌(えんじ色)に出ている曲ですら歌ったことがないものが多数あります.この一年で,少しでもそうした曲を減らしてゆきたいと思うのです.わたしかだんなさんが奉仕する週であれば自由選択が可能なので,二人で協力したいと考えています.とはいえ,その日のミサの主題に沿ったものを選びたいとも考えているので,毎回未知の聖歌に挑戦するわけにもゆかないと思いますが.

まず 5 月ですが...5/7 は諸事情により無理と判断.逆に,入祭か閉祭にカトリック聖歌集 352 "あおばわかばに" を入れざるを得ない状況なので,5/14 に典礼聖歌 375 "天の元后 喜びたまえ" を入れて挽回?する予定です.

6 月は,6/25 に合本出版後の聖歌集から "主は与え" を.この日は聖歌番号を組む役割の人がカレンダーを見誤って飛ばしてしまった主日で,わたしが聖歌番号を選ぶことに.その結果,答唱詩編として 3 年に 1 度歌うか歌わないか?というような曲が満載になりました.そういう選曲をして,心配な面もないわけではありませんが,眦沈萓犬寮参里魄Δ垢訖佑任△譴弌こ亮造鵬里┐覿覆任△襪海箸盪実なので,声が響かないことはないと思っています.

7月以降は,またゆっくり決めたいと思いますが,どこかで "おお 神の富" と "アッシジの聖フランシスコによる 平和の祈り" と,やまとのささげうたに含まれる信仰宣言に挑戦してみたいです.

その一方,ラテン語聖歌(特に Credo と Ave Maria はリクエストが多い)を歌いたい!という声もありますので,リ善処していきたいと思います.

投稿者 kanemiki : 18:37 | コメント (0)

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